クーデター下のミャンマーから ― 2021年2月22日

ニュース

2021.02.25

クーデター下のミャンマー2月22日

(▲画像は、デモ隊の投石などにより負傷した警察官のインタビュー映像の一部です。)

※ ミャンマーの続報は、アイクラフトJPN株式会社(弊社グループ会社)のHPにて更新しております。
アイクラフトJPN株式会社のHPは こちら 。

アイクラフトのミャンマーのスタッフから、現地の状況について続報がありました。
報告を原文のまま掲載いたします。


ゼネスト

朝6時少し前に眼下を見ていると、毎日市場の人達が並んでいる門の前に誰もいないし、タクシー、サイカー(自転車タクシー)が数台いるだけで、いつもの混雑も見えない、バスも見当たらず、道路は閑散としています。7時になって門は開けられていますが、入ることができない状況です。
情報のとおりゼネストが行われる模様、ゼネスト実施はいいとしてもやはり心配になるのは、日々の収入でその日暮らしをしている人達のことです。タクシー、サイカー、市場、食堂、等々多くの人は自分が動かないと収入を得ることができないはずなのに、反軍事政権のため、ゼネストに賛同し、結局は自分の収入に影響与えることを承知の上で実施するということは相当な覚悟の下なのだろうと思われます。医師達の中にもゼネスト参加者がいて、急病人など診察できない状態であるそうで、軍の病院に担ぎこまれているそうです。
コロナ禍の中で現在感染者数発表が激減していると言っているのは、コロナ検査ができずにいる状態で、ゼネストで大人数が密集することで今後どれだけの感染者が出るのかも心配の一つです。

2007年のデモ騒動との違い

2007年のデモ騒動との違いの一つ目は期間の長さです。
家族が言うには今回の暫定軍事政権は優しいね、と言っていました。
なぜ?理由はデモ活動の時間が長く許されていて、武力行使で沈静化させていない、デモ隊をまだ静観している部分が多いからとのことです。
今週で3週間を経過しようとする今回のデモ活動、2007年のデモ活動は数日で終わりました。
ここ数日政府側の武器で死者が出たことが報道されていますが、2007年の時には2日目からすでに武力行使が始まり早期鎮静化されました。
二つ目は、お坊さんのデモ参加が殆どないことです。
2007年の時には仏教のお坊さんが大量に中心となりデモに参加し、ミャンマー国の一大事ということになり、その当時の政権もお坊さんに対して反発はできず早期終息をはかったとのことです。
ある日本の報道で、お坊さんもデモに参加しているという報道を見かけましたが、これにも違和感があります。
今回のデモ騒動の特徴はお坊さんの参加が殆どありません。報道されているお坊さんは偽物のお坊さん(着衣を着ているだけ)か、或いはごく少数のお坊さんであり、あたかもお坊さんたちもデモに参加しているという報道には違和を感じます。
ミャンマーは仏教の国として知られていますが、ミャンマーでは多くの宗教が認められています。
今までの政権、財閥だけでなく、多くの事業主はお寺に寄付をしていき、得度を積んでいくという姿勢がありましたが、アンサンスーチー氏(NLD党)政権発足後、NLD党政権は少しおろそかにしているという声は以前よりあり、仏教徒協会などお坊さんなどは不満があったそうで、今回のデモにお坊さんの参加が見られない理由がそこにあり、2007年時のデモとは性格が違います。

日々の生活

銀行の問題で信じられない噂が流れています。
既に取り付け騒ぎが出ており、この銀行は2月28日まで営業をしない旨発表されています。
この銀行は以前述べたMyawaddy(軍)の銀行で、この銀行だけは窓口営業していたのですが、偽情報拡散により、預金引き出し者が大勢押しかけ、毎日人数、金額制限でお金の引き出しを認めていましたが窓口を閉めてしまいました。
情報拡散の中で、中央銀行に資金がなく、各銀行にお金を供給することができない、既にNLD政権時にミャンマーから海外に政府資金を送っていたので、暫定軍事政権はお金がないなどの情報を拡散したり、輸出入実務をさせないことで車両用などの燃料備蓄(現備蓄は約2カ月分程度)不足、海外からの食料品などの生活用品の輸入停滞などの問題を起こすことで暫定軍事政権に揺さぶりをかけていますが、経済停滞させることで自分たちに降りかかってしまうことを理解しているかどうかは疑問です。
ミャンマーでは銀行預金(全国で20%程度の預金率)よりタンス預金が多く、その日の収入と支出を計算して暮らしている人たちが大半です。
現在、経済が停滞し、日々の仕事ができずお金がなく、その日の食事に困っている人が多くなっています。
色々な方々と話をしていくと、この先の不安と現状のはざまで混乱しているのが見て取れます。
家族の中に軍関係者と結婚した女性がいます。相手は年も若く学歴などの問題もあり階級も低く官舎に住んでいる人達との話で、自分達もNLD党を支持する人と同じくUSDPを支持するデモを実施したいそうですが、上層部より禁止されているそうです(ある地区ではデモ隊が出ているみたいですが、)。おそらく個人の危険性回避、社会不安定の混乱を避けるためのものだと思われます。

NLD政権発足とNLD政権とは

知人から聞いた話として、1988年に一緒に戦った人も含め、NLD創設者時の人達はアンサンスーチー氏以外ほとんど残っていないそうです。
NLD党の1988年に結成された青年グループもいたのですが、今は離れています
なぜアンサンスーチーさんが党首になったかというと、アンサンスーチー氏のお兄さんに打診して断られ、妹であるアンサンスーチー氏に打診して興味を持ったことから始まったそうです。そのあとは皆さんがご存じの歴史になっていきます。
昨日テレビ番組でNLD発足時のメンバーの談話で、前軍事政権(テインセイン政権)とNLD政権の違いを話していました。
興味深かったのは、前軍事政権時には報道も含め自由な発言ができたそうですが、NLD政権では検閲があり全ての情報を表に出すことはできなかったそうです。
おそらく、今回の反暫定軍事政権に参加している若い方々も含め知らない方も多いと思いますが、よく報道に出てくる軍として中国との石油パイプラインの話が載っていますが、確かにこれは、軍関係の会社を中心に行われました。ティンセイン政権時にはこの事業は許可したものの、鉄道、道路などの国家事業などを中国企業に対して許可は殆ど出していません。
NLD政権時に中国企業に多くの事業許可を出したのは事実で、私も仕事上何度かNLD政権と折衝しましたが、色々な理由をつけられ中国企業との競争を余儀なくされ諦めたことは多々あります。
どの政権でも中国との関係は深いことを国民は知る必要があると思います。